宴会の幹事をまかされてしまった
その宴会は誰かが企画したものです。誰かが企画したものであるから、みんなが一同に介し、楽しく飲めているのです。楽しくお酒が飲める「場」を提供する、それが幹事です。
みんなが一同に介して、楽しいお酒を飲める場を提供するということはそんなに難しいことではありません。強いていうならば「スケジュールの調整」が難しいところではあります。職場などでスケジュールを調整するのはなかなかに難しいことなのです。日本の職場環境では「残業」することは「当たり前」とされている風潮が強いものです。残業してより多くの仕事を片付けること、残業してより多くの仕事をこなすこと、それが求められているのです。さらに、日本の賃金制度は「残業」を大前提にしたものが多く、「基本給」だけではどうしても賄えないという場合が多いものです。
余談にはなりますが、そのため「残業を月で制限する」ような会社もあります。36協定に則っている、という名目でサービス残業を強いるような企業も当たり前のようにあるのです。そのような企業の多くでは常に仕事は溢れていて、人手も足りなければ時間も足りないのです。
職場で宴会を行う際の「幹事」は、そのような環境のなかみんなのスケジュールを調整しなければいけません。「宴会どころではない」という人もなかにはいるものです。もちろん、ほとんどの宴会は有志で開くものではあります。ですから、特に強制参加ではない場合、別に参加できなくても仕方がないものではあるのです。ただ、送別会や歓迎会など、「誰か」を招くための宴会の場合は、極力参加できる人が多くなければ失礼にあたってしまうものですから、そのような会を取り仕切る幹事の気苦労は計り知れません。
そのような「幹事」を任せられてしまうのは主に「若手」の人が多いものです。何かを取り仕切る、段取りをする、などの一連の流れは、仕事上ではやがて必要になるはずの経験です。仕事はさまざまな歯車が噛合いながら「回転」しているものです。ひとりひとりが最小単位の歯車であれば、「チーム」は数個の歯車がまとまって組み上がっている装置、そしてその装置同士がいくつもからみ合って「収益」という結果に向かって邁進するのが「企業」という大規模な装置なのです。そのような装置の中では、自分がうまく回転できているのかということだけではなく、隣の人、隣のチーム、そして全体がうまく回っているのかどうかということも考える必要があるのです。
そのような「より高い観点から仕事を見る」ということのために必要なこととして、「取り仕切る」という経験が役に立ちます。宴会の幹事というちょっとしたイベントを取り仕切るだけではありますが、若い頃にそのような経験をしておけば、必ず後々に役に立つはずなのです。そのような経験がやがて身を結び、成長して立派な仕事ができるようになるのではないでしょうか。ですから、「幹事」という役割が回ってきた際は進んで引き受けてもいいと思います。